自分の住んでいる場所から山は見えますか?
その日本の山には『神霊が宿る』と古来から山岳信仰(さんがくしんこう)があり、その神聖な奥深い山で修行をすることで超自然的な力が宿ると信じられている風習があるのです。
山にこもり修行をする人を昔から『山伏(やまぶし)』と呼ばれいるのですが、具体的に何をしどんな人たちなのかは、あまり明るみには知られていませんよね。
そこで今回は、山伏とその修行について調べて見ました。
当時、神霊が宿ると言われていた山もご紹介するので、お住いの近くにその山があるかもしれません。
1.山伏(やまぶし)とは
山伏(やまぶし)とは、山に籠って修行を行うことによって超自然的な力を身につけ、その力によって祈祷(きとう)や呪術(じゅじゅつ)などを行い庶民に知恵を広めるのを役割としている人のことです。
山伏が爆発的に増えていた時代が江戸時代、日本の国民のほとんどが農作物を育てることを生業にしていたことから雨乞いをし虫送りを避けることができると噂のある山伏は大変重宝されていたのです。
西洋の風潮が取り入れられ始めた明治時代にはほとんどの山伏が職を変えたとあります。
次項では山伏の修行をするときの姿を解説していきます。
2.山伏の格好を解説
山伏は特徴的な姿をしており、それは天狗によく似ているとよく言われます。
頭に頭巾(ときん)呼ばれる小さな帽子のような物をかぶり、篠懸(すずかけ)という麻でできた衣を身にまとい、手には錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を持っています。
出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
頭襟(ときん)
山伏が頭に乗せている頭襟は、黒漆で塗り固めた布で作った丸い小さい形式もので、大日如来(だいにちにょらい)の宝冠を表現しています。
法螺(ほら)
法螺とは法螺貝の笛のこと。
山伏が法螺貝を持つ理由は山神に入山を知らせるため。山の神様は法螺で報告をしないと追い出すために地滑りや落石を落とすと信じられていたのです。
法螺を吹くタイミングは3つと決められています。
- 1回目|山神に入山を知らせるため
- 2回目|山で遭難せずに修行が行えていることを寺に知らせるため
- 3回目|山の中の獣を避けるため
手甲(てっこう)
手につける武具のことで、外傷・汚れ・日射から肌を守るもの。
最多高数珠(いらたかじゅず)
一説には、黒いムクロジのきのみをつなぎ合わせた長い数珠。憑き物のお祓い、悪魔祓い、虫封じ、魔除け、身体のおまじないの意味があります。
両手で激しく上下に擦り合わせて高い音を出し、その音は神仏を乗り移すこともできる。
檜扇(ひおうぎ)
木製の扇のこと。おそらく男性専用のものを所持。
鈴懸(すずかけ)
修行時の上下の衣服のこと。色は白で麻で作られており、流派によって色を変えたようだ。
脚絆(きゃはん)
くるぶし部分にまく布で、歩きやすく疲労を軽減する目的で現在の作業服でも扱いがある。
八つ目草鞋(やつめわらじ)
八つ目草鞋は普段では使用されない草鞋で、儀式や修行の時にだけに使われる丈夫なものです。
笈(おい)
山伏が背負う竹製の箱型のもので、中には仏像・仏具・経巻・衣類・薬を入れていました。
羅宇(らお)
竹製のキセルのこと。現代のタバコのこと。
結衣袈裟(ゆいけさ)
肩からかける袈裟のことで、細長く折りたたんだ布を輪のかたちに紐で結びところどころに菊綴(きくと)の丸い装飾をつけたもの。
金剛杖(こんごうつえ)
修行時にもつ四角または八角の白木の杖。稀に象牙や金属で作られているものがある。
これに加え「修験十六道具」という山伏特有の道具も持ち合わせています。そのひとつである法螺(ほら貝)は、山中での互いの合図のための道具として使われています。
3.山伏の天狗が似ていると言われる理由
山伏の俗世離れした独特な姿は、天狗やカラス天狗も同じ格好だとよく言われます。
神霊な山に入り人とは違う力を身につける山伏ですが、しかし山伏が天狗になったという話はありません。
何ヶ月も山にこもり厳しい修行に耐えるので、人里に降りたときの姿を『天狗だ!』と勘違いされたのでしょう。
山伏の仕事は人々の健康のためのもの、薬草にも非常に詳しくなることで、良い意味で天狗に例えられたと考えて良いでしょう。
4.天狗とは
天狗とは、神や妖怪の伝説上の生き物で、山伏と同じ格好に赤い顔に高い鼻、翼で空を飛ぶ人間型のものです。
天狗の由来をたとどると、意外にも犬にたどり着きます。
天狗は「天を駆け巡る狗(いぬ)」という意味があり、災いを知らせてくれる流れ星であると考えられていました。
もともと「犬」の姿をしていて、真っ赤な顔に高い鼻を持っているような姿ではなかったのです。
天狗がこのような姿になったのは、平安時代から、山に住む天狗は本来、鬼と同様に魔物と見なされていました。
庶民は山を異界として恐れ、そこで起きる怪奇な現象を「天狗の仕業」と呼んでいたのです。
しかし、山岳信仰(山を神聖視し崇拝する宗教)を実践する山伏が登場するとともに、天狗は「山の神」と見なされるようになり、高尾山や鞍馬山などでは天狗信仰が盛んで、天狗には厄除けや開運のご利益があるとされています。
4.山伏が神聖な山で修験道(しゅげんどう)をする目的
山伏の行う修行のことを、修験道(しゅげんどう)といいます。
修験道とは、山での厳しい修行によって悟りを得ることを目的とした、日本独特の宗教です。修験者(修験道を実践する者)は山に伏して修行を行うことから、山伏といわれるようになりました。
山伏は、神社仏閣に所属する人(僧侶や神職)がなることが多いですが、普段は社会人として働く人も山伏になることがあります。
修験道では十界修行(じっかいしゅぎょう)と呼ばれる、次のような10種類の修行が行われます。
- 地獄界……地獄の苦しみに耐える修行
- 餓鬼(がき)界……空腹と渇きに耐える修行
- 畜生界……労働の苦に耐える修行
- 修羅界……厳しい苦行に挫けそうになる心を克服する修行
- 人間界……懺悔反省によって仏の心に生まれ変わる修行
- 天道界……山頂からの眺めを楽しみ、喜びを感じる修行
- 声聞(しょうもん)界……喜んで仏の教えを聞く修行
- 緑覚(えんがく)界……大自然と一体になり、迷いを振り払う修行
- 菩薩界……助け合い・奉仕の修行
- 仏界……仏と一体になって世界平和を祈る修行
死と再生(生まれ変わり)の意味を持つ十界修行には、断食や火渡りなど大変厳しいものもあります。これらの厳しい修行を乗り切った者だけが、本物の山伏になることができるのです。
3.山伏が修験道とする山の特徴
日本の山々は、霊的で不思議な現象が起きやすいといわれており、古くから人々は山を信仰の対象としてきました。
このような山々は「霊山」と呼ばれ、日本各地に数多く存在します。
代表的な霊山には、
- 恐山(青森県)
- 比叡山(滋賀県)
- 高野山(和歌山県)
- 高尾山(東京都)
霊山は標高が高く、空気も環境も俗世界とは全く異なるため、眠っていた感性が呼び覚まされるといわれています。
昔から霊山で不思議な体験をする人が多く、現在でも「身体に振動を感じた」「光の球を見た」など、神秘体験の報告が後を絶ちません。
このような非日常で神秘的な環境を持つ霊山は、山伏の修行の場となっているのです。
4.山伏が修験道で得る3つのこと
①神や自然とつながる
日本には、植物・動物・無生物を問わず全てのものに神が宿っているという「アニミズム」という概念があります。
自然と一体となって生きている昔の人々の心にはアニミズムが深く浸透し、自然現象を崇拝してきました。
都会化が加速する現代では、人々は自然から遠ざかってしまい、日常でアニミズムを感じる機会が急激に少なくなってしまいました。
俗世界から離れた大自然の中に魂を置く山伏たちは、自然現象を敬うことによって神々を見出し、神や自然と繋がることができるのです。
②内なる自分を開き法力を使う
修験道は、火渡りや滝打ちなどの苦行だけではなく、仲間と助け合う奉仕の修業も兼ねています。
修験道を行うことによって、人間本来の霊力が高められます。煩悩が削ぎ落とされ、人間本来の姿を取り戻し、やがて自分の魂と繋がるようになります。
自分の外部にある特別なものを得るのではなく、人間に本来備わっている潜在的なパワーが呼び起こされます。
出典:手印
一般社会では使われることなく閉ざされていた「第六感」も復活し、直観や洞察を得やすくなります。山伏の行う修験道とは、「内なる自分を開く」修行でもあるのです。
③人と人をつなぐ
山伏は修業を終えると、山を降り再び俗世界へと帰っていきます。
大自然や神々と繋がった山伏は、地域と自然、神とみんな、人と人を繋ぐ役目を果たすことになります。
出典:江戸時代の往診用薬箱
山で採れた薬草を分け与えたり、山で得た知識を伝えたり、祈祷や呪術によって人々を救ったりと、山伏は多くの役割を担ってきました。
現代では、俗世界(一般社会)で仕事を持つことも山伏の修行の一環であるとされています。
山で鍛えられた現代の山伏たちが、山での体験や授かったパワーをもとにして働きながら社会に貢献しているのです。
このように、山伏と俗世界は今も昔も密接に繋がっています。山伏とは大自然や神々と、人々を繋ぐ使命を持つ存在なのです。
5.まとめ
山という独特の環境で修行に励む山伏たちは、過酷な修行を行うことによって、私たちを神や自然と繋いでくれているのですね。
また、全国各地の山々には週末だけ山伏の体験ができるお寺があり、女性でも参加することができます。