世界三大シリーズ、第一回目は美女にスポットを当てていきます。
世界三大美女と言われている3人の女性を知っていますか?
- 古代エジプトのファラオ・クレオパトラ
- 中国の皇妃・楊貴妃(ようきひ)
- ギリシャ神話の女神・ヘレネー
日本ではヘレネーの代わりに小野小町(おののこまち)と言われていますがこれは国内だけの話。
美女はたくさんいますが、どうしてこの3人が選ばれたのでしょうか。今回は彼女たちが美人の代表格として選ばれた理由、彼女たちの容姿や恋愛感、その美貌を保つための好んで食べ物までもまとめてみました。
①世界三大美女ひとりめ|ファラオ・クレオパトラ
プロフィール
世界三大美女の中でも最も認知度の高いクレオパトラ。彼女のプロフィールをまとめます。
- 本名|クレオパトラ7世
- 生まれ|首都アレクサンドリアの大都市生まれ
- 地位|王家
- 家族構成|8人家族5人兄弟の次女
父プトレマイオス12世・母クレオパトラ5世・姉ベレニケ4世・妹アルシノエ4世・弟プトレマイオス13世・弟プトレマイオス14世 - 噂|妹のベレニケの方が美しかった
- 別名|悲劇の女王・父の栄光
- 死因|毒蛇を使って自殺(おそらく39歳)
クレオパトラの最大の魅力は顔ではなく頭の良さ
クレオパトラは、鼻が高かったと言われていますが、容姿の美しさ自体は、妹のアルシノエ4世より下回っていたと噂があります。
そんな彼女が後世にまで語り継がれ、世界三大美女と言われた理由は、顔ではなく頭の良さ。
政治的背景を無視できない王位という地位からその大胆不敵な行動に魅了されたエピソードが彼女の魅力なのです。
- 女王からの伝言と称した贈り物の中にクレオパトラは紛れ込み、カエサルを魅了し愛人になる
- カエサルとの息子カエサリオンを後継者にするために対抗馬であるアントニウスの側室になる
- 窮地のアントニウスを救いその恩を着せまくり正妻に君臨
- アントニウスはクレオパトラが死んだとのデマを聞いて自決
- 宮殿に幽閉されていたが晒し者になるぐらいなら!と毒蛇を使って自害
ドラマ的な生涯ゆえに、地位と大胆不敵な行動力でピンチをチャンスに変えて乗り越えたことは彼女にしかできなかったでしょう。
何よりも大切にしてきた息子カエサリオンも結局は殺されてしまうのがかわいそうです。
このような行動力以外に、彼女の魅力といえば語学堪能で聞き上手だったこと、その声があまりにみ美声だったので、一度彼女と会話をかわすと、「もう一度会いたい」と口を揃えて言ったほど。
クレオパトラは、現代でいうところのイケてるボイス=イケボだったのです。
クレオパトラの名言
クレオパトラが残した名言を紹介します。彼女の性格や思考が少しは垣間見えます。
- 国を支配しているのは男。その男たちを支配しているのは私。
- 悲しさは世界共通。笑いは文化によって異なる
- お金では幸せは買えない。だが、お金は、あなたが不幸である間、何不自由ない生活をさせてくれる。
好きな食べ物
クレオパトラの好物として入られているものは3つあります。
- ヤギのクルミ
- モロヘイヤ
- アロエ
モロヘイヤはエジプトが原産地で、アロエはアフリカ大陸に広く分布し、どちらも薬としても用いられていました。ヤギのミルクは、ミルク風呂としてひんぱんに活用していたようです。彼女の肌はそれほど焼けておらず白肌だったようです。
クレオパトラは猫のアビシニアンを可愛がっていました
②世界三大美女ふたりめ|皇妃・楊 貴妃
世界三大美女のふたりめは意外にもアジア人。楊貴妃のプロフィールをまとめました。
プロフィール
- 本名|姓は楊、名は玉環(ぎょくかん)貴妃(きひ)は皇妃を表す称号
- 夫|玄宗皇帝
- 出身|蜀の庶民
- 誕生日|6月1日のふたご座
- 噂|小さい頃占い師に『この子は将来皇后と同等の尊貴になる』と予言される
彼女の汗はすごくいい香りがした - 容姿|髪は艶やか・肌はきめ細やか・結構太ってたが当時はそれが美女の基準でもあった
- 死因|首吊りで死罪
楊貴妃は本当に美しくいい香りのする女性だった
楊貴妃は庶民の生まれながらその美しさが噂になり、女冠になります。
歌や踊りなどの音楽を得意とし、その豊満な容姿で瞬く間に有名に。女性特有の物腰の柔らかさもあいまってか、彼女の汗はとてもいい匂いがしたとも言われています。
その後皇帝の後宮になり当時の皇帝玄宗は彼女の魅力にどっぷりハマり寵愛を独占。玄宗が出かける時楊貴妃を連れて行かない日はなかったと言われています。
彼女のために洋服を縫う職人が700名も待機、珍しい献上品を持ってきたものは昇進さえしたのです。
皇帝とのラブラブ両思いエピソード
楊貴妃は歌や踊りに優れた容姿も美しい女性でしたが、多くの男性を翻弄(ほんろう)したというよりも一人の皇帝を愛し続けた一途な女性と言えます。
出典:楊貴妃が可愛がっていた狆(ちん)
- 一度彼女が玄宗の機嫌を損ね、宮中から追い出した時、彼女は髪を切って玄宗に送りつけ、それに驚き仲直りした
- 毎年冬には二人で温泉宮に入り浸った
- 玄宗が碁で負けそうになると楊貴妃がペットのちん(犬)をけしかけ盤をひっくり返した
- ひとつのライチを二人で食べている絵を描かせた
楊貴妃を語る時忘れてはいけない高力士(こうりきし)という側近
楊貴妃を調べると必ず、隣にいる側近の高力士。彼は楊貴妃を首吊りした張本人なのですが、噂では彼は楊貴妃をとても大切にしていたという話があるんです。
高力士という名前から強い戦士のイメージを持ちがちですが、彼の職業は頭脳を得する策士的宦官(かんがん)。
宦官(かんがん)の仕事は、皇子の学問や行儀作法教育・身辺の護衛・財産の管理などで、楊貴妃の身の回りの世話していました、玄宗に楊貴妃を紹介し後宮に入れたのも高力士本人なのです。
どんなときも楊貴妃の隣に影を潜め、玄宗と喧嘩をし気弱になっている彼女のために仲介に入ったり、彼女とともに半生を共にしていたと言ってもいいぐらい側にいたのです。
世論の影響もあり、楊貴妃の死罪に賛同した高力士ですが、誰も彼が彼女を殺すところを見ておらず、高力士は彼女を助け逃すことができた、、、と憶測があるのです。
楊貴妃が死んでから1年ご彼女の墓を訪れた玄宗が、墓を掘って遺体を確認したところそこには遺体は無く香袋だけがあったなんて噂もあり、もしかしたら、と想像は現代になっても膨らむばかりですよね。
好きな食べ物
楊貴妃が愛していた食べ物として、ライチと阿膠(アキョウ)を好んでいた話はとても有名。
ライチとは、南国のフルーツかと思えば、中国で盛んな歴史ある食べものなのです。楊貴妃のために早馬を使ってライチを運ばせたなんてエピソードはまさに常套句。
ライチは、中国原産のフルーツとして、疲労回復・強壮剤として今でも食べられています。
阿膠(あきょう)とは、漢方の一種で、ロバのニカワで作られます。ゼラチンを多く含み、また血液機能を高め美容と健康には抜群の食べ物です。
③世界三大美女さんにんめ|女神ヘレネー
世界三大美女の最後は、ギリシャ神話の女神ヘレネー。ギリシャ神話は日本では詳しく知る人は少ないですが、母国では学校でも教えられるほど国民みんなが知っている話。
プロフィール
- 本名|ヘレネー(ヘレネ)
- 噂|表向きの父はスパルタ王の娘だが実父はゼウスなので半神
美しすぎて誘拐される
神話であることから、ヘレネーの容姿やどのような性格だったかなどの文献があまりありませんでした。
愛に生きたヘレネ、美しさゆえ戦争を引き起こす
ヘレネは当時結婚していたメネラオスと幸せに暮らしていましたが、トロイアにやってきたパリスという王子と恋に落ちてしまい行方をくらましてしまうのです。このことでトロイ戦争が勃発してしまい国が滅びる惨事に。
好きな食べ物
ヘレネーは何を好んで食べていたのかわかりませんが、ヘレネーの父ゼウスは、甘いネクター(ハチミツ酒)やハチミツヤギのミルクを大好物としていました。
ハチミツもヤギのミルクも健康や美容に効果があります。とくにヤギのミルクは、ミルク風呂としてもクレオパトラも好きだったので高価なものだったのには違いないでしょう。
世界三大美女と呼ばれる女性たちは国を傾かせるほどその半生はドラマチックで、悲劇的。
彼女たちが愛していた好物は、現代の美容ブームの中核にあり、美味しくて、さらに美貌に良いものばかり、容姿の美しさだけでない魅力を持った三人の女性たちは現代まで語り継がれる理由が少しは理解できますよね。
外伝|歴史的に語り継がれる美女たち
世界三大美女に入っていない歴史的に残る美女を探してみました。
- ミロのビーナス
- 自由の女神ことマリアンヌ
- ユダヤ国王ダビデの妻バテシェバ
- イザベル色で有名なスペインのカスティーリャ女王
- ナポレオンの妻ウジェニー・ド・モンティジョ
- 小野小町(おののこまち)
いずれも幸運をもたらす女性達です。そこで番外編ではありますが、独断と偏見により日本史の三大美女を考えてみました。
①戦国最大の美女|明智光秀の妹・細川ガラシャ
あの本能寺の変を起こした明智光秀の妹が超絶美人だったと言われています。
戦国時代から安土桃山時代の人物なので写真などが残っていないので、美人と言われるエピソードを紹介します。
プロフィール
- 本名|明智珠子(明智たまこ)細川ガラシャはキリスト教徒らが讃えて読んでいた名前
- 宗教|キリスト教
- 性格|気位が高くヒステリックだったがキリストの教えを知ることで謙虚で明晰で気品がある女性になった
加えて体が弱かった - 死因|キリシタンであることで自害はできないので家老に自分を斬るよう頼み絶命
美女エピソード
細川ガラシャがいかに魅力的だったかを知るには夫である細川忠興(ほそかわただおき)の嫉妬エピソードを知るとよくわかります。
- 他の男たちにガラシャを見せないために軟禁していた
- 庭師がガラシャにも惚れていたことを知りその庭師を斬る
- ガラシャがかばったことで忠興がブチギレ。奉公人の首を切りその首をガラシャに投げつける
- ガラシャ自身に人質になるぐらいなら自害しろと洗脳していた
- 家来に妻が人質に取られそうになったら妻を殺せと命令していた
この忠興もかなりの美男子だったようで、ガラシャとは美男美女夫婦と言われていました。
ガラシャがキリスト教に改宗したことを知ったときは激怒したが、埋葬はキリスト教式で行なったと言われており、彼女の熱心な信仰心を歪みながらも結局は何よりも深く愛していたのがわかります。ちょっと感動。
ガラシャの死は海外にも語り継がれ、オペラの題材にもなっている影響も与え、細川ガラシャを日本史の美女としてエントリーさせました。
②平安時代の美女|女流歌人小野小町(おののこまち)
日本史の美人で探すと必ず名前があがるのが小野小町。しかしその容姿は不明で、素顔ははっきりとしていません。なぜ美人との噂が立っているのかを調査して見ました。
- 本名|小町は本名ではなく、町が付いていることで後宮に仕える女性と考えられている
小野小町は、出生地・死因など様々なことが不明。だのになぜ美女と言われたのか、それは当時人前に顔を見せるということをしなかった平安時代でブームだったのが恋文や手紙を交換すること。
小野小町は凄腕の歌を書く歌人だったのです!顔を晒さずとも文章だけでモテモテだったということで美女となっているのです。
小野小町を美人と思わせる有名な歌
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
意味は、
愛や世間に悩んでいたら、わたしの美貌は衰えあせていったわ。
それはちょうど、春の長雨が降っているうちに、桜が虚しく色あせていくように。
小野小町を美人と思わせる百夜通い伝説
深草少将(ふかくさのしょうしょう)という人物が小野小町に恋をしラブレターを送ります。小野小町はこれを断るために
わたしの元に、100夜通ってくれたら思いを受けます。ただし会いもしないし、声をかけてもいけません。
と返事をします。少将はどんな悪天候でも毎日小野小町の元に通いつめ99日の夜雪の中で息絶えてしまうという話があります。
それほどの純愛を傾けられてもフルという選択をした小野小町はすごいですよね。
③大正時代の美女|作家林きむこ
実際の写真が残っている方で有名な美人はいないか探していたら、ヒットしたのが大正時代の作家、林きむ子さん。
プロフィール
- 本名|林きむ子
- 職業|舞踏家・作家・実業家
- 生まれ|東京
- 生年月日|明治17年12月1日生まれの射手座
10代の時に代議士と結婚し、非常に贅沢な暮らしをし6人の母になります。その後外国語や絵を学び小説家デビューも果たすといった多彩な才能を発揮。夫の死後9歳年下の薬剤師と再婚。さらに二人の子供を産みます。
大正時代にはかなり珍しい二度の結婚と、年下男性との再婚を成し遂げたのは、頭の良さ、育ちの良さ容姿の良さも関係しているでしょう。
まとめ
世界三大シリーズにて今回は美女に注目して見ました。彼女たちは容姿が良いだけではなく、それぞれの魅力満載でしたね。今後も世界三大のワードを調査しなるべくわかりやすく記事にしていきたいと思います。こうご期待!